相続コラム

「2014年3月」のコラム

受託者にとっては少々重いテーマです。

「受託者になるのはやめようかなぁ」と思ってしまうかもしれません。


前回説明した信託財産責任負担債務は、基本的には信託財産に属する財産をもって負担すべきものではありますが、場合によっては受託者自ら負担しなければならないケースがあります。


エッ!


信託って、倒産隔離じゃなかったの?


と、ここで受託者となるべき人が二の足を踏んでしまうケースが多いのではないかと思います。

自分の懐を痛めてしまうぐらいなら、受託者なんてやってられるか。

と普通は思ってしまうでしょう。


信託財産責任負担債務は、実は受託者自身も履行する義務を負ってしまうのです。

一定の場合を除いては。


その一定の場合とは、


1.受益債権(受益者が信託財産から生じる利益を請求する権利)


2.限定責任信託にかかる債務


3.債権者との間で「信託財産のみをもって履行すべし」との合意がある債務


などです。


(限定責任信託については、改めて別途解説します。)


上記に該当しない債務については、受託者が自らの懐を痛めて支払わなければならない可能性が考えられます。

もちろん、これらは第一義的には信託財産から支払うべきものでありますので、受託者は信託財産に対して求償権を有することになります。

つまり「俺が一旦立て替えたんだから、ちゃんと精算してね。」ということで、その金額を信託財産から返済してもらえる、ということです。


ちょっと安心、ですが、

もし信託財産がスッカラカンの状態だと、それもかないません。


そういうことにならないよう、信託というものは慎重にスキームを講じる必要がある、という戒めの意味合いを込めて、今回はあえて少々厳しいテーマを取り上げた次第です。



少し堅苦しい名前ですが、信託財産責任負担債務とは、その名の通り信託財産をもって履行すべき義務を負う債務のことをいいます。


信託財産は、委託者の手を離れて受託者の名義に移りますが、原則として委託者や受託者の債権者は、その信託財産に対して強制執行等をすることができなくなります。いわゆる「倒産隔離」というものです。


しかし何でもかんでも保護してばかりでは、さすがに債権者も大変です。そこで、一定の債務(債権者側にとっては債権)については、信託財産に対しても支払うべき義務を負わせることにしております。


代表的な例としては、まず信託する前にその財産に対して設定された抵当権などです。これはもう仕方ないでしょう。「信託した時点で既に設定されている抵当権は全て無効になります」なんて言われたら債権者はたまったもんじゃありません。


二つ目は、受託者が、自らの権限において信託財産のために行った借入金。

分かりやすく説明しますと、例えば当初設定された信託契約において「受託者は、受益者の財産運用や節税対策などを積極的に行うために、銀行借入れによる賃貸物件の建築などを実施することができる」という権限を与えられている場合において、受託者がその権限に基づき銀行借入れにより賃貸マンションを建築した場合。

当然ながらその賃貸物件には銀行の抵当権が設定されますし、その銀行で開設した預金口座も、いざ債務不履行の場合は差し押さえられて借入金と相殺させられることになります。


他にも受益権取得請求権(受益者が、得られるべき利益を受託者に対して請求する権利)、信託事務の処理により生じた権利(信託監督人に対する報酬など)についても、信託財産が支払うべき責任を負います。


まだ他にもありますが、少々マニアックなので割愛します。



信託が開始されると、委託者の存在はさほど重要ではなくなります。

委託者が元来有していた財産は受託者の管理の元で受益者に利益分配されますので、少なくとも経済的な地位において委託者の存在価値はほとんど無くなります。


しかし重要事項の変更など委託者の同意が必要となる場面は多々ありますので、無下にできる存在というわけでもありません。

従って様々なケースを想定しておく必要があります。


例えば、委託者が死亡した場合。

原則として、委託者の地位は相続人に相続されます。

しかし相続人が複数いる場合など、そのまま相続させると今後の信託行為に支障をきたす可能性も有り得ます。そのような場合は、あらかじめ信託契約に「委託者Aの死後は、Bを委託者とする」など規定しておくとよいでしょう。


また、委託者が生前に、自らその地位を他人に譲りたい、というケースも考えられます。

この場合は、委託者・受託者・受益者の合意により地位の譲渡をすることができます。信託契約にその旨の定めがある場合には、その定めが優先されます。


委託者が存在しない状況も考えられます。

まず遺言による信託の場合。遺言者が死亡した後、原則として委託者は存在しないことになります。

また例えば上記の例において、信託契約に「委託者Aの死後は、委託者の権利は消滅する」と規定されれいれば、Aの死亡と同時に委託者は存在しなくなります。

重要事項の変更など、原則として委託者がいないと困るケースは多々ありますので、あらかじめ信託契約の内容をよく吟味して、委託者がいなくても困らないような契約内容にしておくべきでしょう。



自分自身が委託者であり、かつ受託者である信託をすることも可能です。

これを自己信託といいます。


別名信託宣言とも呼ばれます。


当事者つまり委託者&受託者が一名だけですから、信託の開始は契約書によらず、公正証書の作成などによって意思表示をすることにより開始されます。


こんなこと、一体何のためにするのだろう、と思ってしまいますが、具体的なメリットの例を挙げますと、まず「倒産隔離」の活用、があります。

非常に分かりにくい概念ですが、信託が開始された瞬間から、信託財産は、委託者の固有財産ではなくなります。受託者が管理する独立財産となるのです。

倒産隔離とは、つまり例えば委託者=受託者が自己破産したとしても、信託財産は委託者の固有財産から外れてしまっているので、債権者がそれに手を出すことはできない、ということです。


もちろん例外はあります。

最初から自己破産する気満々でこれを行った場合には、詐害行為として取り消される可能性があります。

また、信託を開始する前に設定された抵当権などの権利は、信託開始後も当然ながら効力を有します。



信託において、受託者の存在は非常に大きいものです。

受託者がきちんと仕事しなければ、信託スキーム全体に悪影響を及ぼします。


いざ就任させた受託者が、期待していた通りに仕事しなかった場合。

解任させる方法としては、まず信託契約等にその旨の規定があれば、その規定に従います。


規定が存在しない場合は、委託者と受益者との合意により解任させることができます。

しかし、ここで委託者が存在しないケースが考えられます。遺言による信託などの場合です。この場合には、委託者の合意が得られませんので解任できません。

ただし受託者がとんでもない行為をするなどして信託財産に損害を与えたような場合には、受益者単独で受託者解任の申し出を裁判所に申し立てることができます。


いずれにしろ、信託契約等でしっかりと定めておくのが無難です。


・受益者が単独で受託者を解任、かつ新受託者を選任させることができる。

・受益者が認知症または精神障害等を有する場合は、信託監督人や受益者代理人等を定めておき、彼らに受託者解任権を持たせる。


というような方法が考えられます。



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